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彼らの仕事は?

 西武の裏金問題究明のために設置された調査委員会の中間発表を聞いて、苦笑された向きも多いのではないだろうか。「他球団もやっているから」というのが、その弁明だったらしい。まるで先日書いたブログの記事に、強い傍証を示してくれたのかと錯覚しそうになってしまった。
 冗談はさておき、プロとアマの間で裏金が飛び交っていた事実に、心底違和感を感じ、裏切られた気分になった人が、世間に一体何人いるのか。子供ならいざ知らず、大の大人でいたとすれば、その人はそのまま博物館に入れたいほど珍な世間知らずである。
 その世間知らずを装っているのが、新聞などの論評だ。批判記事を読んでいて、ちゃんちゃらおかしくなってくる。建前が本領の新聞とはいえ、よくここまで厚顔無恥を決め込めるものだ。百歩譲って、記者たちがこの事実を全く聞いた事もなかったとしよう。それはイコール、彼らの無能さを証明である。優秀な大学を卒業して、日本を代表するメディアの第一線で活躍する彼らが、よもやそんなはずはあるまい。
 社会の公器として、綺麗事を並べる必要があるのは理解できる。だが、何も知らない処女のような顔をするのだけはカンベンしてもらいたい。私たちが彼らに求めているのは、私たちが判断するために必要な材料、つまり単純な事実の羅列だけである。彼らは、それが事実であるか、事実だとしたら、どの方面からみた事実であるのか、を提示するだけでいい。それ以外、期待するところはなにもないのだ。

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愛国心ではなく

 有名な小咄がある。かなり流通したと見え、伝わる話に大同小異はあるが、概ねこんな内容である。
 大型客船が、事故のために沈没することになった。女性と子供を優先的に救命ボートに乗せるため、クルーは男性乗客は救命胴衣を来て船から飛び降りるように説得しに回った。

アメリカ人には「これを着て飛び降りれば、あなたはヒーローになれますよ」
イタリア人には「これを着て飛び降りれば、あなたは女性にもてますよ」
ロシア人には「これを着て飛び降りれば、あなたは勲章がもらえますよ」
中国人には「これを着て飛び降りれば、あなたは100万元もらえますよ」
ドイツ人には「これは規則ですよ」
イギリス人には「あなたは紳士ですよね」
日本人には「みなさんそうなさっています」

クルーの説得は100%成功したという。

 実にうまく各国の国民性のステレオタイプをとらまえている。だからこそ、人口に膾炙しているのだろう。時として、何万語を費やした記事より、この手の小咄の方がより人々に真実を伝えることがある。
 さておき、なぜこのような小咄を冒頭に持ってきたかと言うと、英国人英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさんが殺害された事件で、フライ英国大使が代読した父ホーカー氏のコメントを聞いたとき、不謹慎ながらこれを思い出したからだ。
 ホーカー氏の声明は、「日本は信頼と敬意の上に築かれた尊敬すべき社会。犯人は日本を侮辱した。隠れることは許されない」という内容のものだったという。罪のない娘を殺され、悲しみと怒りのどん底にいるであろうホーカー氏の、このような言葉に、まずは心からの敬意と無念の死を遂げたご令嬢への弔意を示したい。そして、一日も早い犯人逮捕を心から願うものである。
 国は違えども、人として尊敬されるべき態度には自然と頭が下がる。
 日本でも、少なくとも戦前までは「礼」と「節度」は美徳であったはずだ。ところが、いつの頃からか、それらが「人間らしくない」との批判(?)の元、感情を爆発させることが美徳であるように意識が書きかえられてきた。世界的には「みなさんそうなさっています」と思い込まされたのだ。
 だが、実際にはそうではない。どこの国でも、しっかりとした教育を受け、自己訓練ができている人間は、どのような場面でも冷静さを失わない。ホーカー氏も、イギリスのテレビ番組では泣き崩れていたが、声明文で日本を呪うような愚は犯さなかった。これぞ、紳士の国の真面目であろう。どこかの国とは大違いである。
 戦後、それまでの全てを否定することから始まった日本の再生は、勢い余って否定しなくてもよいものまで否定してしまった。戦後六十年が過ぎた今、私たちは日本人としてもっていた心性の再評価を行うべき時期に来ているし、実際にそのような動きが出始めている。しかし、その際に意識されるべきは「愛国心」などではなく、どの国にも尊敬されるような「礼節」や「節制」だろう。
 私たちは、開国後の日本に来た西洋人たちが感動した、日本人の素晴らしい特性を、もう一度思い出さなければならない。

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