美酒

 日本人にとって「お酒」とは、米で醸造された日本酒を指さなければ嘘だ、と私は思っている。ワインブームだとか、焼酎ブームだとか、米以外で作られた酒が持て囃されるのは承知の上で、それでも「酒」とは米からできたものが一等であると主張したいのだ。

 理由は簡単だ。日本の食べ物には日本の酒が最もあうからだ。魚にもあう。肉にもあう。野菜にもあう。時として、まんじゅうなどにすらあう。日本の風土から発生したものなら、日本酒と合わせて駄目な食べ物などない。

 酒とは、風土に即して発達する。そして、その国の信仰や文化に根ざすものである。つまり、酒とはその国の文化そのものであると言ってよい。

 ところが、現在は日本酒が危機に瀕しているらしい。小規模の蔵元がどんどん潰れていっているという。酒市場における日本酒のシェアが、著しく減少しているというのだ。日本人が日本酒を飲まなくなっているらしい。

 これについて、国粋的に嘆くことも可能だろう。だが、私はそのような考え方には与することができない。先のように、「酒とは則ち日本酒だ」と考えていても、である。選択の幅が広がるにつれ、消費者の心に響かない商品が淘汰されるのは当たり前である。常に価格に見合った品質を適用できるならよいが、必ずしもそうではない日本酒が市場に流通している。誰が何を根拠に値付けをしているのかわからないが、価格と味が正比例するわけではないのが日本酒の現状だ。幸いなことに、私は酒呑み人生を送る中で、ある程度の目利きができるようになってきたから、近頃はそうひどい「はずれ」はひかない。だが、まだ右も左もわからぬ状態で、高価な屑酒を手にしてしまった消費者が、それに懲りて安価で当たり外れの少ない焼酎やワインに走ったとして、誰が文句を言えるのだろうか?

 日本酒が今後生き残っていく方策は、下手なマーケティングや、戦略に頼ることなく、実直に風土に合った酒を造ること、ただこれ一つだと、私は思うのである。

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