大きな猫を探して

 ロイター通信社の報道によると、フランス南西部はボルドー近郊の村で、謎の「大きな猫」の目撃が相次いでいるという。その「大きな猫」の姿を見た村民は、「子供のトラ、もしくはジャガー、ヒョウかもしれない」と話しており、警察は捕獲を目論んでいるが、まだ見つかっていないとのことだ。

 当然だが、フランスのボルドーに虎や豹など猫科の大型動物は生息していない。考えられるのは、ペット用に密輸入された動物が逃げたというケースだろう。猫科の野生動物はワシントン条約で輸出入を禁止されているものが多く、逃がした飼い主が名乗り出てくることはまずないと思われる。

 それにしても心配なのは、その「大きな猫」の安否である。もしこの正体が猫科大型動物なのであれば、温暖な海洋性気候で、夏は猛暑ともなるボルドーの気候にも適応できるかもしれないが、まだ「猫」と表現されるほどの幼い個体である。餌も満足にとることができない可能性が高い。また、他の動物を狩るための罠にひっかかったり、交通事故に合う可能性もある。また猫科の動物は、長らく母と暮らす種も多い。どういう経緯で、フランスの一地方に「大きな猫」が現れることになったのか不明だが、母である個体になんらかの危害なり異変があったのは間違いないだろう。

 人間の身勝手で、野生動物を傷つける行為は、許されるものではない。今はただ、この「大きな猫」が無事保護されることを祈るばかりである。

「正体不明の“大きな猫”の目撃情報相次ぐ フランス」

http://www.excite.co.jp/News/odd/00081184983942.html

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マスコミの自己欺瞞

 まずは、月曜日のゴールデンタイムの民放番組表を見ていただきたい。

19:00~20:00
日本テレビ 結界師 「呪力封じの魔方陣」 /名探偵コナン 「黄色い不在証明」
TBSテレビ 関口宏の東京フレンドパーク2 筧利夫&宮川大輔&時東ぁみが来園!!▽超爆笑!珍プレー▽目指せ!グランドスラム!!
フジテレビ ネプリーグ 豪華ゲストと楽しい話題をお届けします!!▽常識クイズ・ファイブリーグ
テレビ朝日 美味・紳助 「カロリーダービー第2弾・女性アスリート編」起床から就寝まで完全密着!!意外な素顔が
テレビ東京   主治医が見つかる診療所 「骨粗しょう症」寝たきりにならない方法▽骨を溶かす細胞とは?(予定)

20:00~21:00
日本テレビ 世界まる見え!テレビ特捜部 筋肉自慢の母を娘好みに!!▽冷え冷え焼き肉サービス
TBSテレビ 水戸黄門 「美人妻と武士の一分・遠野」
フジテレビ ヘイ!ヘイ!ヘイ! 今夜のゆかりはポルノグラフィティが登場!!▽ジューク…ミヒマルGT
テレビ朝日 クイズプレゼンバラエティーQさま!! 「プレッシャースタディー・インテリ美女大会」倉田真由美・山本モナが脳力発揮
テレビ東京   三丁目のポスト 杉浦太陽・新婚の妻への手紙!!▽高木美保が天国の友人へ感謝の手紙

 この内容を頭においた上で、下記の記事を読んで、貴方はどう思うだろうか。

ゲームに押されテレビ視聴率が低下

 7月の第1週、日本のテレビ業界に大きな衝撃が走った。なんと1週間の間に放送された番組の中で、ゴールデン・タイムに視聴率9%を超えたものが1つもなかったのだという。業界関係者らは、これを任天堂の人気家庭用ゲーム機Wiiの影響によるものと分析している。
 フジテレビの専務取締役は「日本のテレビ視聴率は常に上下しやすいが、このように著しい低下はあまり経験がない。テレビそのものに問題があるというよりは、Wiiなどの外的な要素に左右されている可能性が高い」と話す。親達は、ゴールデン・タイムにテレビを見るより、子供達と一緒にゲームを楽しみたいと考えているのかもしれない。

7月11日付 「タイムズ」紙

「英国発ニュースダイジェスト」より http://www.news-digest.co.uk/news/content/blogcategory/5/5/
「Times」(英文) http://business.timesonline.co.uk/tol/business/industry_sectors/technology/article2056279.ece

 現在、フジテレビの専務取締役は太田英昭氏しかいない。もし、太田氏が本気で……取材時の苦し紛れの強弁ではなく……こう思っているのであれば、私たちは今後二度とゴールデンタイムに見たいと思えるような良質な番組を見る事は不可能だろう。

 上記番組表の面子を見て欲しい。他人をけなすことがお笑いと勘違いしている愚劣なタレントと大して芸もない芸能人が主だった出場者である。そして、彼らが馬鹿騒ぎするだけの様子を「バラエティ」と称して垂れ流している。果たして、このようなものを見るために、貴重な一時間を費やそうと思う人間が一体どれだけいるのだろうか?実際、仕事から帰り、まずは休憩をしようとソファに座ってテレビをつけ、見るものがなくそのまま消してしまうことなど日常茶飯事である。

 だが、太田氏には、これらの番組は十分見るに値するものであるらしい。視聴率低下の要因は、番組に問題があるわけではない、あくまでも外部要因なのだ、と。この反省のなさと我が姿の見えていなさ加減に、昨今増え続けているマスコミ不祥事の根本原因を見て取れる。本来、最も客観性を求められてしかるべき彼らが、この始末である。これでは、今後もテレビの凋落はとまらないだろう。自業自得である。

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彼らの仕事は?

 西武の裏金問題究明のために設置された調査委員会の中間発表を聞いて、苦笑された向きも多いのではないだろうか。「他球団もやっているから」というのが、その弁明だったらしい。まるで先日書いたブログの記事に、強い傍証を示してくれたのかと錯覚しそうになってしまった。
 冗談はさておき、プロとアマの間で裏金が飛び交っていた事実に、心底違和感を感じ、裏切られた気分になった人が、世間に一体何人いるのか。子供ならいざ知らず、大の大人でいたとすれば、その人はそのまま博物館に入れたいほど珍な世間知らずである。
 その世間知らずを装っているのが、新聞などの論評だ。批判記事を読んでいて、ちゃんちゃらおかしくなってくる。建前が本領の新聞とはいえ、よくここまで厚顔無恥を決め込めるものだ。百歩譲って、記者たちがこの事実を全く聞いた事もなかったとしよう。それはイコール、彼らの無能さを証明である。優秀な大学を卒業して、日本を代表するメディアの第一線で活躍する彼らが、よもやそんなはずはあるまい。
 社会の公器として、綺麗事を並べる必要があるのは理解できる。だが、何も知らない処女のような顔をするのだけはカンベンしてもらいたい。私たちが彼らに求めているのは、私たちが判断するために必要な材料、つまり単純な事実の羅列だけである。彼らは、それが事実であるか、事実だとしたら、どの方面からみた事実であるのか、を提示するだけでいい。それ以外、期待するところはなにもないのだ。

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愛国心ではなく

 有名な小咄がある。かなり流通したと見え、伝わる話に大同小異はあるが、概ねこんな内容である。
 大型客船が、事故のために沈没することになった。女性と子供を優先的に救命ボートに乗せるため、クルーは男性乗客は救命胴衣を来て船から飛び降りるように説得しに回った。

アメリカ人には「これを着て飛び降りれば、あなたはヒーローになれますよ」
イタリア人には「これを着て飛び降りれば、あなたは女性にもてますよ」
ロシア人には「これを着て飛び降りれば、あなたは勲章がもらえますよ」
中国人には「これを着て飛び降りれば、あなたは100万元もらえますよ」
ドイツ人には「これは規則ですよ」
イギリス人には「あなたは紳士ですよね」
日本人には「みなさんそうなさっています」

クルーの説得は100%成功したという。

 実にうまく各国の国民性のステレオタイプをとらまえている。だからこそ、人口に膾炙しているのだろう。時として、何万語を費やした記事より、この手の小咄の方がより人々に真実を伝えることがある。
 さておき、なぜこのような小咄を冒頭に持ってきたかと言うと、英国人英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさんが殺害された事件で、フライ英国大使が代読した父ホーカー氏のコメントを聞いたとき、不謹慎ながらこれを思い出したからだ。
 ホーカー氏の声明は、「日本は信頼と敬意の上に築かれた尊敬すべき社会。犯人は日本を侮辱した。隠れることは許されない」という内容のものだったという。罪のない娘を殺され、悲しみと怒りのどん底にいるであろうホーカー氏の、このような言葉に、まずは心からの敬意と無念の死を遂げたご令嬢への弔意を示したい。そして、一日も早い犯人逮捕を心から願うものである。
 国は違えども、人として尊敬されるべき態度には自然と頭が下がる。
 日本でも、少なくとも戦前までは「礼」と「節度」は美徳であったはずだ。ところが、いつの頃からか、それらが「人間らしくない」との批判(?)の元、感情を爆発させることが美徳であるように意識が書きかえられてきた。世界的には「みなさんそうなさっています」と思い込まされたのだ。
 だが、実際にはそうではない。どこの国でも、しっかりとした教育を受け、自己訓練ができている人間は、どのような場面でも冷静さを失わない。ホーカー氏も、イギリスのテレビ番組では泣き崩れていたが、声明文で日本を呪うような愚は犯さなかった。これぞ、紳士の国の真面目であろう。どこかの国とは大違いである。
 戦後、それまでの全てを否定することから始まった日本の再生は、勢い余って否定しなくてもよいものまで否定してしまった。戦後六十年が過ぎた今、私たちは日本人としてもっていた心性の再評価を行うべき時期に来ているし、実際にそのような動きが出始めている。しかし、その際に意識されるべきは「愛国心」などではなく、どの国にも尊敬されるような「礼節」や「節制」だろう。
 私たちは、開国後の日本に来た西洋人たちが感動した、日本人の素晴らしい特性を、もう一度思い出さなければならない。

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ネット世論とマスコミ報道の温度差

 最近の、大手マスコミが熱心に報道するメディア不祥事といえば、関西テレビの「あるある捏造問題」である。一方、ネット世論が注目し、罵声を浴びせかけているのはTBSの捏造問題だ。

 ここのところ、立て続けにTBSの報道の根幹に関わるような問題が発覚している。一つは、「総合格闘技HERO’S 2007開幕戦」でのニセ掲示板作成事件、そしてもう一つは、朝ズバッ内での、不二家不祥事捏造事件である。前者は、弊ブログの「記憶で作った番組」をご参考いただくとして、今回の事件のあらましは、サンスポの記事から抜粋したい。

 特集では、不二家の元従業員とされる女性が顔を映さずに登場。神奈川県の平塚工場で賞味期限切れのチョコレートを出荷先から回収、包装を外して溶かし、牛乳を混ぜて新品として再出荷する作業を日常的に行っていると伝えていた。不二家は同日の放映直後に「事実と異なる点があるので確認してほしい」とTBSに説明を要求。両社間で話し合いを重ねてきたが、不二家広報室は「(現在も)納得がいく説明をいただいていない」としている。不二家が同社の一連の不祥事を調査するため社外に設置した「信頼回復対策会議」によると、「流通システム上、チョコが工場に戻ることはありえず、牛乳を混ぜるプラントも実在しない」。同会議はこうした経緯について、30日に発表する一連の不二家問題の調査報告書に盛り込む。TBSは28日、記者会見を開き、“告発”証言をした女性が勤務していたのは10年以上前であり、再出荷作業が日常的だったとする部分は「10年以上前の状況についての証言だった」と明かした。牛乳を混ぜるとした部分については「実際は何を入れたか分からない」とし、「正確性を欠いた」と不二家側にすでに伝えたという。また、賞味期限切れだったというチョコが実際に店舗からの回収品だったかどうかは、「証言の力が大きいケース。流通ルートの事実関係を確認する裏付け取材が十分ではなかった」と釈明。「視聴者が誤解する可能性があった」とした。その一方、(1)賞味期限切れのチョコを溶かして再使用していた(2)賞味期限切れのチョコの包装を外し、新たに包装していた-という番組の「根幹部分の2点は間違いない」と明言。「断じて捏造ではなかったと確認している」としている。

 TBS側の公式見解には突っ込みどころがありすぎて、どこから書いていくべきが筆も惑うほどだが、さらにTBS井上社長の「(週刊文春の)見出しには『捏造』と書いているが、言葉を扱う側としてはどうだろうか。報道したことが正しいか間違っているかという議論はあるが、捏造というのはどうか」という言葉には、あきれるを通り越して苦笑しかわいてこない。

 週刊文春に言葉を扱うものの心得を問う前に、なぜ自分たちの報道をする側の心得に対して思いが至らないのか。わからずに言っているなら、お頭の具合が不自由であるとしか思えぬし、わかって言っているのであれば、人間として下衆である。このような人間がトップになる会社を信用できるはずがない。さっさと廃業してもらいたい。もちろん、これは、TBSとTBS井上社長への励ましの言葉である。

 と、まあ、毎度ながら笑わせてくれるTBSの小学生なみの詭弁は、すでにお家芸ともいえるが、不思議なのが他のマスコミ、特にテレビ・新聞の扱いである。関テレ社長の辞任問題は盛んに報道するのに、こちらはほんの少し、お茶を濁す程度に触れるだけ、毎日新聞などは、そんなことは無かったかのごとく完全無視である。それに対し、ネット世論では圧倒的にTBSの不祥事を弾劾する声が高い。この温度差は何だろうか?

 理由は容易に想像がつく。TBSがやっている程度のことは、自分たちも日常的にやっているから、下手に大きく報道できないのだ。薮蛇になることを避けたいのだ。だから、わざと小さく扱う。そこには、自分たちが扱わなければ、大きな世論に育たないと思い込んでいる傲慢さがある。確かに、ネットが一般家庭にまで普及するより前はそうだった。だが、今は違う。彼らが、それに気付くことができるのは、一体いつになるになるのだろう。

 気付けないままの彼らに、最早社会の木鐸を自任する資格はない。

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ザ・フロッグ・プリンセス

 数日前のことになるが、ディズニーが史上初めて黒人のプリンセスを主人公にしたアニメを発表する、とのニュースが配信された。

 この十数年、ディズニーがPolitically Ccorrectに、非常に神経を尖らせているのは、そのラインナップを見ればわかる。美女と野獣のヒロイン、ベルは、白人女性だが非常に現代的な性格を持つ設定になった。アラジンで、初めて非白人系のプリンセスが登場した。ポカホンタスでは、初めてネイティブ・アメリカンを主人公に据えた。ムーランでは中国人、つまり黄色人種初のヒロイン、リロアンドステッチではハワイアンの少女、と次々にアメリカではマイノリティである人種のヒロインが登場し、そして、とうとう黒人プリンセスの登場である。

 悪いこととは言わない。まして、アメリカでは、黒人はすでにマジョリティだ。自分たちと同じ肌の色をしたプリンセスを待つ少女も多いだろう。だが、この「ザ・フロッグ・プリンセス」がロシアの民話をもとにしている、と言う点に激しく違和感を感じるのだ。

 考えてみて欲しい。ロシアには、ネイティブの黒人などいない。この「ザ・フロッグ・プリンセス」、つまり日本では「蛙の王女」として紹介されている作品は、白人であるロシア人のものである。主人公が黒人であるはずがない。これでは、かぐや姫が黒人として描かれるようなものだ。

 もし、黒人の少女たちに向けて、彼女たちが共感しやすいプリンセスを描こうとするならば、なぜ彼女たちのルーツであるアフリカの伝説を取り上げないのか。もちろん、アフリカは広大で、黒人だからと一括りにすることはできない。でも、初めての自分たちのプリンセスが、全く縁もゆかりもない国の伝説を換骨奪胎したもので作られるぐらいなら、同じ大地が生んだ伝説の方がしっくりくるのではないだろうか。

 もし、黒人にメジャーなプリンセスがいないから、と考えるなら、それは早計である。黒人には飛びきり有名なプリンセスがいる。アンドロメダである。

 アンドロメダは、ギリシャ神話に登場する、人類史上でも有数の有名姫君だが、彼女はエチオピア人である。エチオピアは古代から黒人によって建設された国家であるから、アンドロメダは黒人でなければならない。ギリシャ人も、エチオピアが黒人国家であることは知っていた。その選択を、ディズニーの有能なスタッフたちが一度も気づかなかったとは考えづらい。

 ここで、うがった見方ができる。ギリシャ神話はギリシャ人の神話ではあるが、その後汎ヨーロッパ、つまりは汎白人の神話となった。長らく、アンドロメダは白人として表現されてきた。もし、ここでアンドロメダを本来の黒人として表現するとどうなるか。少なからず反発が起こるだろう。一方において、ロシアはあくまでもヨーロッパにおける辺境である。「蛙の王女」の地位は、同じ王女であってもアンドロメダに及ぶべくもない。白人の反発を避けながらも、政治的に正しいとアピールできるアニメをつくるなら、どちらが楽か。答えは明白だ。

 ディズニーは巨大産業である。創り上げる「夢」にも、様々な思惑がからむのは仕方ないだろう。だが、この手のおためごかしな「政治的な正しさ」には、眉に唾した方がよいのは間違いあるまい。

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「記憶」で作った番組

 今度はTBSである。しかも、ある意味「あるある」より悪質だと言える。なんと、実在しないネット掲示板を「作成」し、「ファンの声」として放送したのだ。

 事の発端は、12日放送の「総合格闘技HERO’S 2007開幕戦」内で流された映像だった。ここでは、さも本物のネット上にある掲示板であるかのように、ある選手の批判が書き込まれた映像を放送したが、放送後、「そんな掲示板は存在しないのではないか」との指摘が上がった。それに対し、TBS広報部は実在の掲示板でないことを認めた上で、「イメージを伝えるために、番組担当者が作成したもの」としながらも、それを捏造とは認めていない。担当者の記憶に即して制作したもので、事実でないものをでっちあげたわけじゃないのだから、というのがその理屈らしい。

 このような手法は、「番組の演出」としては常套手段なのだろう。だが、新聞記事の後に、この映像を置き、しかもそこには何のインフォメーションもない。多くの視聴者が、それが実在するものと考えてもおかしくはない。まして、ソースは「記憶」である。あきれて物が言えない。今回、掲示板を「作成」するにあたり、モデルにしているのは明らかに「2ちゃんねる」である。一選手を中傷する罪を、彼らが勝手に「くず」と認定するネットメディアになすりつけようとしたらしい。

 TBSは毎日系列であるが、毎日新聞はこの正月に大々的なネットメディア批判キャンペーンを張った。その槍玉にあげられたのが、「2ちゃんねる」だ。毎日新聞の記者は、確実に「ネット世論」に悪印象を持たせる方向性で記事を書いていた。客観的に見て、公平性を欠く内容だった。しかも、取材した記者は、取材対象に対し、失言を言質とするためとしか思えないような失礼な質問を繰り返したという。昔であれば、その記者の記事だけが「真実」として流通した。記者は自分に都合の悪い事は、隠蔽していられた。だが、ネット社会ではそうは問屋が卸さない。この記者は、その恣意的な取材態度を、実名入りで「さらされて」しまった。ネットを批判しながら、実は何もネットとはどのようなものなのかを理解していなかった証拠である。理解していないものに対して記事を書くとは、どういう神経なのか、報道人としての姿勢が疑われる。

 最近のマスコミの一連の不祥事を見る限り、彼らは情報の受け手である我々をなめきっているのだとしか思えない。今まで「演出」と言う名の元に、罪悪感もなく「捏造」されてきた「真実」はいかほどあるのだろうか。

 だが、彼らのこの手法は、もうまかり通らない世の中になってきている。そして、マスコミはまだそれに気づけていない。このまま末期を迎えるのか、それとも起死回生を図れるのか。彼らの本当の力が見えてくるのは、これからである。

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